Accueil / 恋愛 / 愛は星影に抱かれて / 第2章 光と影の間で 第25話

Share

第2章 光と影の間で 第25話

Auteur: 花宮守
last update Dernière mise à jour: 2025-04-24 07:49:31

 額から唇を離した時、伸びてきた腕に閉じ込められた。弱ってはいても、彼の力は難なく私を引き寄せ、隣に寝かせてしまう。じっと見つめられ、言葉を発するのがもったいない気がした。晧司さんがまた拒絶の言葉を口にするまでは、彼と私はひとつなのだと感じていられる。

「……」

「……」

 二人とも、何というか……頑固だ。

 彼は、指輪のことを問われるのを待っているのかもしれない。私は、聞きたくない。いくつかの可能性が考えられるけれど、どれも確信を持てないから。

 私の記憶が戻るのを、彼が待っているのかどうかも、わからなくなってきた。私の中に、行き場を求めて壁の向こうから叫び続けている記憶があるように、彼の中にはたくさんの言葉が詰まっているのだろう。私は何らかの原因で記憶を封じられてしまい、晧司さんはそのために言葉を……想いを封じた。

 開いた窓からは、朝の緑の香り。淫夢のような昨夜が、一秒ごとに過去になる。

「あのドリンク、作ってみました。飲みますか?」

 小さく問うと、力なく微笑んで半身を起こした。机の上のグラスを取り、手渡す。私には大きめのグラスが、彼の手にはすっぽりおさまっている。

 彼は、片手でしっかりと私の腰を抱き、ぐいっとグラスを煽った。お世辞にも、あの……おいしそうではないんだけど、大丈夫なのかしら。ごくごくと、喉が動く。息をついたら残りを飲むのがいやになるから、無理やり飲み込んでいるみたい。味見はしてないけど……苦いんだろうな。

「はぁ……」

 グラスが空になった。ため息とともに下りてきたそれを受け取り、机に置いた。

「さすがだ……ゴホッ。見事に、コホン、再現されている」

「よかったです、って……言っていいんでしょうか」

「もちろんだよ。ありがとう……ふぅ」

 残った苦味を持て余すように、唇を曲げている。

 ――良薬口に苦し、ですよ。

 あの言葉のあと、『彼女』はどうするかしら……と考えて、キスをした。口内に残るドリンクの味が伝わってくる……こ、これはっ。こんなものが二日酔いに効くの!? 本当に!?

 晧司さんは、丸く見開いた目を徐々に細めて、口直しと言わんばかりに私の唇を味わった。あ……苦味が薄れてきた……甘い甘い、彼の想い……。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第27話

     彼はスープを飲み干し、「少し眠るよ。そばにいてくれないか」と言った。「はい」と答え、ベッドの縁に座った。 数分後、規則正しい寝息が聞こえてきた。そっと立ち上がり、肩までブランケットを引き上げた。窓は半分だけ閉め、抜き足差し足でいったん部屋の外へ。お皿を下げ、自分のスマートフォンを持って彼の寝室へと戻った。 椅子に座り、彼の呼吸を聞きながら春日さんにメールを書いた。『晧司さんが二日酔いと、風邪も引いているようです。二日酔いの方はリクエストされたドリンクを作ったのですが、どこかに風邪薬はあるでしょうか? 今朝はスープを飲みました』 送信すると、すぐにSMSが入ってきた。『今、話せますか?』『晧司さんがそばで寝ていますが、部屋を出れば』『ではそのままで。鬼の霍乱ですね。あのドリンクを飲めたのなら心配はいらないでしょう。風邪薬はリビングの引出し、上から三段目にあります。甘やかすのはほどほどに』「甘やかすって……」 思わず呟いた。晧司さんが酔った理由も、風邪を引くほど弱ったわけも、春日さんにはお見通しかもしれない。 もう一人、連絡しなければならない人がいる。夕李。昨日、傷つけてしまったのに、「愛してる」と暗号で伝えてくれた。あのあと、彼からの連絡は入っていない。深く息を吸って、文面を考えた。『晧司さんが風邪気味で、今日は一日看病します』 昨日、ホテルに行くまでの間は、これからも会える時は毎日でも会って、関係を深めていくのだと思っていた。けれど、こうなってしまってはもう――。下書きをした文章の最初か最後に、昨日はごめんなさい、と書いてもよいものかどうか。それを書いたら、永遠に終わってしまう気がした。 終わりで、いいんじゃない? 終わりにしなくては――夕李のために。 私の心も体も、どうしようもなく晧司さんに結びついている。それがわかった以上、夕李を縛り付けることは許されない。彼との時間は、とても楽しかったけれど……。 迷って、画面を閉じることもできずにいると、新着メールが入ってきた。「あ……」

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第26話

     爽やかな朝の空気で満たされていく部屋の中、唇で熱を分け合う。このまま、昨夜の続きになだれ込んでも構わない……彼の手の力も強まっていくし……ああでも彼は体調が悪いんだった!「ン……はぁっ……晧司、さん」 ぽんぽん、と肩を叩くと、「もっと」という目をされた。二日酔いで、たぶん風邪も引いていて、私を抱いてしまった後悔の塊を抱えながらも、触れればこうして求めてくれる。彼が元気を取り戻せば、もう少し冷静に話ができると思うから……今は、看病が優先。「スープ、飲みましょう? 具がすっかり溶けているので、喉にはあまり障らないと思います」 髪を撫でて言い聞かせると、拗ねた子供のように頷いて体を離した。かわいいっ! 事態はなかなかに複雑なのに、胸がキュンキュン騒ぐ。スープを取る前に窓を少し閉めようと動くと、くいっと服を引っ張られた。……それ、ちょっと前の私がやるならともかく、晧司さんが。かわいくて悶え死にそう。「窓を閉めるだけ……すぐですから」「そのままでいい。だから……」 ――離れたくない。 瞳に浮かんだ心の声に、負けてしまった。彼が眠っている時に、こっそり閉めればいいかな……。「わかりました」 よしよしと宥めて、お盆ごとスープをベッドの上へ。新鮮な野菜が溶け込んだトマト味。持ち手のついているカップだから一人でも飲めそうだけど、試しに私の手で口元に持っていった。彼は満足そうにそれを受け入れ、こくんとひと口飲んだ。こくん、こくんと吸収されていく栄養。支えるでもなく彼の背に手を添えると、言いようのない安心感が生まれた。おそらくこの距離は、私たちにとってごく自然なもの。 脳裏に焼き付いた指輪の輝きは、いつかはその意味を知らなくてはならない。怖いけど、今の私にできるのは、現在と未来をしっかり生きていくこと。怯まずに明日を迎え続けていけば、過去の点と結びつく瞬間が、また訪れるだろう。 古代の人々は

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第25話

     額から唇を離した時、伸びてきた腕に閉じ込められた。弱ってはいても、彼の力は難なく私を引き寄せ、隣に寝かせてしまう。じっと見つめられ、言葉を発するのがもったいない気がした。晧司さんがまた拒絶の言葉を口にするまでは、彼と私はひとつなのだと感じていられる。「……」「……」 二人とも、何というか……頑固だ。 彼は、指輪のことを問われるのを待っているのかもしれない。私は、聞きたくない。いくつかの可能性が考えられるけれど、どれも確信を持てないから。 私の記憶が戻るのを、彼が待っているのかどうかも、わからなくなってきた。私の中に、行き場を求めて壁の向こうから叫び続けている記憶があるように、彼の中にはたくさんの言葉が詰まっているのだろう。私は何らかの原因で記憶を封じられてしまい、晧司さんはそのために言葉を……想いを封じた。 開いた窓からは、朝の緑の香り。淫夢のような昨夜が、一秒ごとに過去になる。「あのドリンク、作ってみました。飲みますか?」 小さく問うと、力なく微笑んで半身を起こした。机の上のグラスを取り、手渡す。私には大きめのグラスが、彼の手にはすっぽりおさまっている。 彼は、片手でしっかりと私の腰を抱き、ぐいっとグラスを煽った。お世辞にも、あの……おいしそうではないんだけど、大丈夫なのかしら。ごくごくと、喉が動く。息をついたら残りを飲むのがいやになるから、無理やり飲み込んでいるみたい。味見はしてないけど……苦いんだろうな。「はぁ……」 グラスが空になった。ため息とともに下りてきたそれを受け取り、机に置いた。「さすがだ……ゴホッ。見事に、コホン、再現されている」「よかったです、って……言っていいんでしょうか」「もちろんだよ。ありがとう……ふぅ」 残った苦味を持て余すように、唇を曲げている。 ――良薬口に苦し、ですよ。 あの言葉のあと、『彼女』はどうするかしら……と考えて、キスをした。口内に残るドリンクの味が伝わってくる……こ、これはっ。こんなものが二日酔いに効くの!? 本当に!? 晧司さんは、丸く見開いた目を徐々に細めて、口直しと言わんばかりに私の唇を味わった。あ……苦味が薄れてきた……甘い甘い、彼の想い……。

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第24話

     心臓が飛び出しそうになった。いけないと思いながらも奥を覗くと、もうひとつ。やや大きめの、同じデザインの指輪があった。 「晧司さんの……」  指輪の跡は、これだったんだ。手前に転がってきたのは、彼が誰かに贈ったもの。私の指にも、合いそうだけど……。  自分の左手薬指に通そうとして、我に返って思いとどまった。指輪のサイズが合うからって、何なの。これが私のものなら、彼は私をそれにふさわしい間柄だと明かせばいい。日本は従兄妹同士だって結婚できる。  私が彼と深い関係にあったのなら……離れないと誓った仲なら、「関わってはいけない」という言葉はおかしい。夕李とのデートを黙認するはずもない。晧司さんは私に対する執着を隠さないのに、一方で突き放そうとしてくる。  ゴホッ  壁を通して、咳き込んでいるのが聞こえた。指輪を奥へ戻し、ノートだけを持って書斎を出た。今は、自分にわかることをしよう。「思うままに進んでください」と言ってくれたのは、春日さん。七華さんも、記憶を失う前の私に「社長を信じてあげてください」と。何よりも、私の心と体があの人を受け入れた。そばにいたい。連れてこられたからではなく、自分の意志で。 「……ふぅ」  キッチンのカウンターにノートを置き、ドリンクの材料を用意しながら頭を整理した。彼は、わざとあの引出しを私に見せたのだろうか。決断させるために。それとも、意識が朦朧としていて、うっかりした? 今頃、頭を抱えていたりして。指輪のことは、見なかった振りをした方がいいのかもしれない……。  お盆に乗せたスープの横に、並々とドリンクを注いだグラスを乗せたところで、気が付いた。ノートの存在を忘れていたことに。 「私……」  キッチンに入ってから、レシピを一度も確認せずにドリンクを作っていた。書斎でちらっとそのページを見たとはいえ、今は閉じている。材料も器具も、無意識に整えていた。 「体で覚えてた……?」  それなら、さっき浮かんだ会話も記憶のかけらということになる。私は、晧司さんが二日酔いに悩まされた時に、効果覿面のドリンクを作ってあげる立場にあった……あの会話には、お互いを甘やかすような親密な雰囲気が漂っていた。親しい従兄妹なら……まして昨夜のようなことをする仲だったのなら、何の不思議もない。  重いお盆を持って、寝室へと戻る。五か月前、病院

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第23話

     ふぅ、と息を吐いた彼は、また体の向きを変えて天井を仰いだ。まだ私の顔を見るのが辛いのか、腕で半分顔を隠している。 「わかった……」  ガラガラの声は、しゃべらせるのがかわいそうになってくる。風邪かもしれない。薬を探して、見つからなかったら春日さんに聞いてみよう。 「すぐ戻りますね」  まずはスープと温かいお茶を持ってこようと、ベッドを離れる私を、「待ってくれ」と引き止めた。 「では……別の頼みだ。こういう時に効くドリンクがあるから、作ってくれないか。レシピは私の書斎の引出しに入っている。上から三番目だ。……これで、鍵が開くから」  貴重品入れから取り出したキーホルダーの中から、一番小さな鍵を示す。 「わかりました」  頼ってくれたのが嬉しくて、廊下を隔てて隣り合っている書斎へと急いだ。 上から三番目の引出しを開けると、ノートが入っていた。ほかにレシピらしきものはないから、これに違いない。開くと、ほとんどのページに新聞の切抜きが貼ってあった。内容は、様々なお料理の作り方。   大きなショッキングピンクの付箋を立てたページがあり、開いてみると、二日酔いに効くドリンクの作り方が書かれていた。何かの物語に出てきたレシピを書き抜いたものらしい。ワープロ打ちをしたものを、プリントアウトして貼ってある。白い紙の余白からノートの罫線まではみ出して書かれているのは、晧司さんの字だった。 『……を足すのはどうだろう?』  何を足すのかは、字がほとんど消えていて読めない。字の横に書かれた三角は、却下ではないけど即採用でもない、という意味に見える。  ――いいんだけどね。もう少し、こう、味がまろやかにならないものかな。  ――良薬口に苦し、ですよ。 「あれ……?」  ふっと浮かんだ会話。晧司さんと……私? 「想像しただけ……だよね」  ショッキングピンクの付箋は、晧司さんの寝室の、机の上にあったのと同じ種類だろう。とすると……。  思案しながら引出しに手をかけると、手前に傾き、奥からコロンと転がってくるものがあった。金の指輪――。

  • 愛は星影に抱かれて   第2章 光と影の間で 第22話

     目が覚めたのはお昼過ぎ。体もベッドも綺麗になっていた。光が眩しい。カーテンを開けると、台風は通り過ぎていた。乱暴な洗濯機の中に放り込まれていたような世界は、すっかり洗われて輝いている。  何も着ないでベッドから出た私の体には、晧司さんに愛された赤い痕。そこに触れただけで、熱い瞬間がよみがえる。お腹の奥に残る充実感。 「なぜ……」  疼く胸は、私が忘れた答えを知っている。昨夜、私は晧司さんのもので、晧司さんも……私のものだった。決定的な言葉はなかったけど……。  カーテンを握りしめて嵐の夜を反芻していると、どんどんいけない気持ちになっていく。振り切るように、シャワーを浴びにいった。 怠い体を励ましてリビングへ行くと、晧司さんの姿はなかった。情事の名残は拭い去られている。部屋の様子は、昨夜私が帰ってきた時とあまり変わらない。 「まだ起きてない……?」  彼の寝室は、私の部屋の隣。静まり返っていたから、もう起きているものだと思っていた。引き返して寝室の前まで行くと、中から扉が開いた。重い足取り。前髪が乱れ、顔色の悪い晧司さんが、私を見て瞳を揺らした。素肌に夏のガウンを纏っている。 「リン、昨夜は……」  声もひどい。体がふらついて、私の方へぐらりと倒れそうになったのを、壁に寄りかかってかろうじて支えている始末。 「二日酔いですね……」 「そんなことはいい。昨夜はすまなかった。私は君に……ゴホッ」 「『そんなこと』じゃありません。ベッドに戻ってください。私につかまって」  頭痛に障らないように声を落とし、彼を寝かせて窓を開けた。 「少し、空気を入れ替えますね。冷製のスープがあるから、持ってきましょうか?」 「うん……それもいいが、頼みがある」 「何でも言ってください」 「春日を呼んで、君はこの部屋には近付かないことだ。無理に私の世話を焼く必要はないんだよ」 「春日さんですか? 明日みえますけど、その前にお仕事のお話があるなら……」 「そうじゃない。こんな男に関わってはいけないと言っているんだ」  私に向けた背中は、反対のことを訴えている。リン、行かないでくれ――っ

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status